掛軸<日詔 日乾 日遠>日蓮曼荼羅 3本組 三越包装紙付属 日蓮宗 池上本門寺14世 身延山久遠寺21世・22世 江戸前期(HP1643)
- 作家日詔 日乾 日遠
- 時代江戸前期
- 全体縦130cm×横51cm
- 内寸縦51cm×横34cm
- 本紙紙本
- 状態時代を考慮して、状態は良いです。
シミ、折れ、虫食い、穴、本紙に剥離があります。
※日遠の掛緒が脆くなっております。お取り扱いにご注意ください。
※真鍮軸先のため未接着または外れ易くなっております。 - 付属品箱有り
- 価格250,000円(税込)
【日詔】1569-1617
江戸時代前期の日蓮宗の僧。池上本門寺14世。不受不施派であり、16世日樹の師。号は自証院。字は無問。1617年(元和3年)死去。49歳。
【日乾】1560-1635
織豊-江戸時代前期の僧。永禄3年生まれ。日蓮宗。京都本満寺の日重に師事。本満寺13世をへて慶長7年身延山久遠寺21世となる。京都鷹峰に檀林をひらき,また江戸城での不受不施派との対論(身池対論)に出席して勝利した。寛永12年10月27日死去。76歳。若狭(福井県)出身。俗姓は塚本。字は考順。号は寂照院。著作に「宗門綱格」「破奥記」など。
【日遠】1572-1642
安土桃山後期から江戸前期の日蓮宗の僧。受不施派の中心的人物。字は尭順,心性院と号す。京都の連歌師の宗匠石井了玄(日幽)を父,法妙(日貴)を母に出生。6歳で本満寺日重 について出家,南都や東山で修学し,慶長4(1599)年,師日重に推挙されて飯高檀林(学問所)に講ず。同9年,日乾の退隠を受けて身延山久遠寺貫主となりそのころから徳川家康の側室,養珠院お万の方の深い帰依を得た。寛永3(1626)年,養珠院の寄進で身延大野に堂宇が建立され,本遠寺として寺院化していった。当時,隆盛を極めた日奥,日樹らの不受不施義を主張する関東学派に対して,日遠は受不施義の関西学派の頭領として鋭く論陣をはった。寛永7(1630)年の江戸城内での受・不受の宗論では,幕府権力を背景に不受の関東学派を打ち破り,それ以後,不受不施派に代わって日遠が池上本門寺貫主となった。翌年には弟子の日東に池上を譲り,自ら鎌倉経ケ谷に不二庵を建てて隠棲。この庵には,養珠院をはじめ多くの信徒が度々参詣して法話を聞いたという。晩年には,名実ともに宗門を代表する高僧として仰がれ,師日重,兄弟弟子日乾と共に「宗門中興の三師」と評される。寛永19年,池上で遷化,墓所は身延の大野本遠寺。のち養珠院も師の徳行を慕って,遺言して同所に墓所を定めた。3代将軍家光は同寺に封戸若干を寄せて一方の本山とした。
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