兵庫陶芸美術館で、古伊万里のお勉強をしたお話。

こんにちは。大卍犬太(スタッフD)です。
 
丹波焼の里、兵庫県丹波篠山市にある 兵庫陶芸美術館
「心斎橋 暮らしのこっとう」でも扱っております古伊万里をフィーチャーした展覧会を時折されており、私も注目しているスポットです。
 
8月いっぱいで終了してしまったのですが「赤木清士コレクション 古伊万里に魅せられて―江戸から明治へ―」という特別展に(感染症対策をきっちり取った上で)行ってまいりました。
赤木清士コレクション

(上記リンク先より)

 
イベントタイトルに冠されている赤木清士さん(1932-2019)は、兵庫県生まれで、工務店を起業。建設業に携わる傍ら、明治期を中心に、文明の黎明期を物語る科学技術資料の収集と、その一環として陶磁器の収集にも情熱を傾けられたのだそうです。そして、陶磁器488点が今年3月、当美術館に寄贈されることに。
 
今回、特に惹かれたのが、以前書いたブログ「担当、ついに(!)有田の地を踏む。」でも、言及しました 佐賀県立九州陶磁文化館 の館長、鈴田 由紀夫 さんによる記念講演会。NHKの人気番組「ブラタモリ」にも出演されたこともある有名人です。お国言葉の優しいイントネーションでのお話に、自然と夢の世界に連れて行かれそうに…というのは冗談で(笑)興味深い内容に、きっちりメモを取りながら耳を傾けました。
 
以下には、備忘録の意味も込めまして、本展覧会で勉強させて頂いたポイントを何点か挙げたいと思います。
 
***
 
日本において磁器が生産された地域と順番について
 
有田(伊万里)焼の肥前(佐賀県)が、江戸初期、日本最初の磁器生産が行われた土地であることは有名ですね。そして江戸後期になってその技術を身に着けた加藤民吉が、瀬戸(愛知県)での磁器生産に弾みを付けたことで、一般庶民に磁器の器が行きわたることになり、後世になって陶磁器が瀬戸物と呼ばれるようになった、というストーリーは知っていました。
 
でも実は、江戸時代を通して、磁器生産はもっと色々な場所で開始されていたそうです(短期間で途絶えた窯も)。
map

(講演会配布資料を参考に自作)

【17世紀~】
・有田(伊万里)焼(佐賀県)
・鍋島(鍋島様式の伊万里)焼(佐賀県)
・波佐見焼(長崎県)
・平戸(三川内)焼(長崎県)
・九谷焼(石川県)
・姫谷焼(広島県)
 
【18世紀~】
・志田焼(佐賀県)
・京焼(京都府)
・砥部焼(愛媛県)
 
【19世紀~】
・瀬戸焼(愛知県)
・美濃焼(岐阜県)
・三田・王地山焼(兵庫県)
 
***
 
鍋島焼について
 
鍋島焼は、佐賀県伊万里市南部の大川内山(おおかわちやま)にあった藩直営の窯で、将軍家や諸大名への献上品として焼かれていた焼き物。これは販売用ではなく「公務員」の陶工たちによって作られていた、という表現をされていました。
 
作られていたのはお皿が多く、その形状は 木盃形(もくはいがた)と呼ばれる深さのある円形のお皿に 櫛高台(くしこうだい)と呼ばれる櫛の歯ような縦縞模様(櫛歯文)が描かれた高台が付いた独特なもの。
 
時代の見方として、お皿に深さがあり大きいサイズのものほど新しい。高台の櫛の長さが長いものほど新しい、とのこと。
鍋島焼

(赤木清士コレクション目録 p.43)

志田焼について
 
志田焼は、有田町から南西に20kmほどの、嬉野市塩田町の志田地区で焼かれ、現在も生産が続いています。江戸時代は、伊万里焼として流通し、地元の一部の人のみ「志田焼」と呼んでいたそう。
 
江戸後期に多く作られた染付の大皿に特徴があり…
 
絵付の白抜きに 墨弾き の技法が用いられています。これは、まず素地に墨で文様を描き、その上から呉須で着色。施釉後本焼きすると、墨が焼け、墨で描かれた部分が白抜きの文様になるという技法です。
 
安価な陶石で素地を作り、その色を白く見せるために表面に化粧土を塗る 白化粧 と呼ばれる技法が用いられました。裏面の縁を見ると、液だれのような部分が見られ、化粧土雫跡などと呼ばれるそうです。
志田焼

(赤木清士コレクション目録 p.37)

 
***
 
文様による時代の変遷
 
【唐草文】
・江戸前期:菊や牡丹の「花」が中心でその周りに唐草
・江戸中期:「蔓」がより細かく繊細に
・江戸後期:花が消える
・幕末:蔓が簡略化、細切れの微塵唐草に(”こっぱみじん”に)
 
【蛸唐草文】
・江戸前期:蔓も葉も太く、輪郭線の中を塗る形
・江戸中期:線描になる
・江戸後期:より単調に”ぐるぐる”巻きに
 
【見込みに描かれる円形の松竹梅文】
・江戸中期・前半:幹が太く、中央から外側へしっかり描かれている
・江戸後期・幕末へ時代が新しくなるにつれて、略されあっさりとした描き方に
 
 
西洋人の文様
 
司馬江漢の西洋画が人気を博した1800年前後の南蛮趣味を反映し、古伊万里にも西洋人が描かれるように。ポルトガル人・スペイン人を南蛮人、オランダ人を紅毛人と呼びました。
紅毛人

(赤木清士コレクション目録 p.70)

 
***
 
展覧会・講演会の内容は、もちろんまだまだ盛りだくさんでしたが、今回はこの辺で。
 
ノートを綺麗に清書したようなブログになってしまいました汗 いくら勉強しても、沼のように奥深い古伊万里の世界。ぜひ皆さんも、担当と一緒にハマってみませんか?
 
大卍犬太でした。
 
 
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