冬。

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冬。

冬です。
私の待ちわびた季節が今年もやってまいりました。

 

今年はラニーニャ現象の影響もあり、年末から降雪があり特に日本海側のスキー場では良い雪を楽しめるようです。

 

弊社は大阪にありますので、雪とはほぼ無縁の土地柄ではありますが。。。
関西圏からでも楽しめるスキー場はたくさんありますので、いくつかご紹介します。

 
グランスノー奥伊吹
 

日本一がいくつか在ることで有名な滋賀県のスキー場。
土日祝は、多数の観光バスが乗り付け、家族連れなどで賑わう今話題のスポットです。
 

リフト速度が、日本一!
コース最大斜度、日本一!
ほかにもとあるサイトで魅力度一位獲得など、1シーズンで約24万人が訪れる超が付く人気ゲレンデ。

 

若い女性グループがそこかしこでスマホ片手に映える写真を撮っては、SNSにUPするという華やかさもあります。女子トイレにはドライヤー、ランチはスキー場とは思えない手の込んだメニュー。デートや女子同士の観光に特におすすめできるスキー場ですね。

 

私はがっつり本気モードでしか滑らないガチ勢なので、平日の雪が降った次の日を狙って行っています。
 

関西圏では雪のコンディションも良いので、平日が実は穴場なスキー場です。
ひとつ注文をつけるなら山頂のコースまで行くのにかなりリフトを乗り継がないと行けないこと。改善にするには頂上とまでは言わないので、山頂手前のリフトまでゴンドラを作ってもらうことぐらいしか…十億円ぐらいかかりますかね(汗)

 
グランスノー奥伊吹

平日、リフト最上部から撮影。絶景も楽しめます!

 
 
高鷲スノーパーク
 

岐阜での私個人の体感では大人気なスキー場!
スキー場が多数点在する奥美濃地域にありながら、来場者数が多く上級者も好んで選ぶイメージのスキー場です。

 

高速道路からのアクセスがかなり良く大阪からでも3時間圏内なところも良いですね。

 

雪質も西日本ではかなり良く、ピステンも綺麗でカービング、地形、ロングラン、パーク、降った日は非圧雪のツリーラン。ダイナランドスキー場とも繋がっているので、がっつり滑りたい人には持ってこいでジャンルを選ばず楽しめます。

 

最近、美味しいところが増えたスキー場グルメ。
高鷲スノーパークも美味しいゲレ食がたくさんあります。

 
ゲレ食
ジビエケバブ
画像は私の一押しのキッチンカーで販売するジビエケバブ。
 
 
神鍋高原万場スキー場
 

兵庫県北側にも実はスキーが多くあるのですが、個人的に好きなゲレンデ。

 

人気の映えスポットであったり、何十万人も来場者がいたり、洒落たゲレ食もないかもしれません。
でも、でも、すんごく良いスキー場なのに、めちゃくちゃ「空いてる」んです。

 

写真は、土日だったような気がするけど人が…なスキー場

 
神鍋高原万場スキー場

かすうどんと卵丼セット、平日セットなら1100円(確か)でおなかいっぱい。

 
かすうどんと卵丼セット

空いてるスキー場は、やっぱり知名度が低いとかアクセスに問題があるとかいろいろあったりするんですが、万場スキー場に関しては、降った日の雪質も良く、コースもかなり長めで楽しいスキー場です。

 

アクセスも関西から3時間圏内。ゲレンデ食もリーズナブルでおいしい。
こんな気持ちよく滑れるスキー場がヒクぐらい空いている。。。汗

 

大好きなゲレンデですけど、あまりに空いていると営業が続かないのでぜひ興味を持たれた方は滑りに行ってみてください。きっと気に入ると思います。

 
*****
 

人間という生き物は、新しいものが好きで、特に日本人は人気のスポットに何時間も列をなして並ぶ。もちろん人気にはそりなりの理由があり、それらを提供している側にもそれ相当の努力が求められることではあります。

 

残念ながら、我々が扱う商品の骨とう品も若い方があまり興味をもってくれないジャンルであります。ですが「人気のない物=悪」ではないので、是非手にとってみてください。

 
株式会社 縁 ヤフオクストア
 

今やネット通販でも骨とうが買える時代です。
縁でもヤフオク!を通じて掛軸を販売しておりますので覗いてみてください。

 

色んなものが大量消費される時代に一点モノの良さを。
江戸時代の作品がお家にあるなんて、素敵じゃないですか?
今、放映されている大河ドラマ「どうする家康」と同じような時代のものが手軽に買えるお値段からでも選べます。

 

流行りもいいですが、自分自身の目で選んだお気に入りを見つけてみてください。
そう、私が大好きな万場スキー場のような。

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画家たちが見せたかったもの。その原動力の考察と掛軸の楽しみ方。

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雪景色

画家たちが見せたかったもの。
~その原動力の考察と掛軸の楽しみ方~

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
年女のオデ子です。24歳です。永遠に。ピョンピョン♪

 
年賀状2023
 

今日は私が身をもって体験したリアルな日本画の世界を、文字に乗せてお届けします。小説フレーバーでお楽しみください。

 

— 開演のブザー —

 

毎度おなじみキャンプが趣味のオデ子。近年は夏よりも冬のほうが快適でお気に入りだ。
入念に天気予報をチェックし、スノータイヤに履き替え、いざ出発。
大阪からつながる高速道路をいつもよりだいぶ手前で降ろされ、下道を走る。

 

凍結に注意しているためか、どの車も最徐行。
地元民と思しき車を見倣って、慎重にタイヤを転がして進む。

 

やたらと顔を火照らせる暖房が煩わしい。
すこし窓を開けて換気してみたり、エアコンをつけたり消したり。
山が近いせいかラジオの感度が悪く、居心地の悪さに苛立ちを感じ始めた頃だった。

 

民家ひしめく道路を抜け、山と田畑にかこまれた道路に出たとたん・・・

 
 
ブワァッ・・・・!
 
(BGMは是非これをどうぞ:風の通り道 byとなりのトトロ
 
 

吹き抜ける風、目の前に真っ白な景色。
アッという声すら出ないまま、息をのんだ。

雪景色
 

なんだあちこちに立ち上るあの煙は?まさか火事?
いや・・・、煙ではない。
湯気でもないだろう。あんなところに温泉が湧いているという話は聞いたことがない。

 

ああ、木の上に積もった雪だ。
枝の揺れるリズムに合わせて、冬の風がフレアスカートをたなびかせている。

 

しかしこの既視感はどうだ。
そもそも私の人生で積もった雪を見たことなど十指に満たない。数えるのもおこがましい。
そんなわたしが空き部屋の多い脳みその傍らに置いている白い景色といえば、もう、これしかない。

 
雪景山水
 

そうだ、これは雪景山水。大阪の骨董屋へ訳も分からず入社した頃は「なんじゃこの色塗り忘れたような絵は」と思っていたアレだ。

 

心臓が納まっているらしい胸のあたりがムズムズし、なぜか鼻から眉間にかけてジリっと熱を感じる。
吸い込んだはずの息が一瞬詰まり、素っ頓狂と表現する他ないようなおかしな声とともに、思い出したように二酸化炭素を吐き出した。

 

「!・・ッひぃや~ぁあ・・・・」

 

窓を開け冷たい息を吸い込み、土と雪のにおいを味わいながら何度も何度も感嘆の溜息をつき、憑りつかれたようにスマホの撮影ボタンを押す。

 

そのときふと気づいてしまったのだ。
何百年も昔から画家たちが絵を残しているのは、いま私がやっていることと同じなのではないか?

 

五感が捉えた感動を、記憶の中だけでなく誰かに伝えるために具現させたい。デコ丸出しの骨董屋のスタッフが書くような拙い文字ではなく、色も情景も空気感さえもを視覚で伝えたい。いろんな人に見てもらいたい、自慢したい。「私はこんなにも美しいものを観たぞ!」と・・・。

 

なんだ、昔も今も同じじゃないか。かつては画像を伝え残すために技術や知識が必要だったが今は馬鹿みたいに手軽になった、それだけのこと。簡単な話だったのだ。

 

妙な納得を自己満足的に手に入れたあとは、その新鮮で美しい景色を先人たちの目を借りて見ているような、なんとも不思議な感覚だった。

 

— 終幕 —

 
 
 
 

さて、オデ子らしくない物言いはこの辺にして、とにかく思ったことはですよ?

 

「そら絵に残したくもなるわ!!!」ですよ。

 

めっちゃ綺麗やったんです。ほんと。写真に残すの手軽になったとか言いましたけどね、オデ子の撮影スキルじゃ限界ありますわ。あの時見たのとなんか全然違いますわ、写真。

雪景色
 
 

かつて我が社で扱った商品画像で比較してみましょう。ここはサルが近所を走り回ってるので、この絵はもしかしてこのキャンプ場で描かれたのじゃなかろうか。

雪景色
到着してみると入り口もサイト内も見渡す限り雪の中。
大阪でもあまり積もらないですから、そんな積もった雪を見ちゃったりしたら”♪オ~デ子はよ~ろこび に~わ駆~っけま~わり~”ですよ。いつも立寄る薪売りのおっちゃんに「おまえは犬か!」とほんまに言われました。ほんまに犬ってそんな駆け回るんですかね?
足跡
ギュムギュムと鳴る積もりたての雪。踏む感触と音が楽しくて、そこら中に足跡をつけました。
雪に椿
ほ~らもう完全に一致です。
この掛軸もこのキャンプ場で描かれt(略
椿図
昔は現代に比べて刺激や娯楽の少ない時代だったでしょうから、こういう「大自然」によってつくられるエンターテイメントは、私たちの味わっている興奮よりももっとずっと大きかったかもしれませんね。
 
古物に関わる仕事や趣味がなければ、基本的にほとんどの人が掛軸に触れる機会なんて少ないと思います。
 
►先祖から譲り受けたはいいものの、価値があるのかよくわからない。
►遺品整理で出てきたものの、自分は興味がない。
►床の間もないし、飾る場所がない。
►蔵の中に眠らせたまま、重い腰が上がらないでいる。
►掛軸は詳しい人や研究者、鑑定眼がある人のためだけの物だと感じる。
 
そうおっしゃる方、感じる人はたくさんいます。確かに、予備知識がなければ怖い一面を持っているのが骨董の世界。信頼できる骨董屋さんを知らなければ自分の眼を鍛えるしかありません。
 
でも私が気付いたことを踏まえて皆さんに伝えたいことは、
 
そんなの関係ねえ!綺麗なもんは綺麗だし、カッコイイもんはカッコイイんだ!!
 
ってことです。
骨董も掛軸も、一部の博識なオジサンたちだけの物って決まりは無いですもん。
掛軸とはなんぞや?日本画ってなに?中国画ってどんな?油絵とかとどんな違いがあるの?そんな人でも楽しむのは自由!是非手軽にみられる私達のホームページで古美術めぐりしてみてください。
 
 

★株式会社縁の商品販売ページ★

 
二十四節気でいうところの小寒(しょうかん)も過ぎましたが、まだまだ雪の季節。七草がゆ(C・Kのブログ参照)は食べましたか?
 
ヤフオクやホームページではこんな冬らしい商品もあります。家の中でぬくぬくおしるこをすすりながら、冬景色を楽しむのもオツってもの。現在売り出し中のウィンターアイテム、ほんの一部をチラ見せ。
 

<松村呉春>雪景山水図 ※2023.01.12(木)21:07に終了します

<松村呉春>雪景山水図
 

▼その他、出品一覧はこちらから

株式会社縁のヤフオク!ページ

 
 

<大島来禽>雪中山水図

<大島来禽>雪中山水図
 

<中村貞以>美人図「雪のよひ」

<中村貞以>美人図「雪のよひ」
 

詳しい理由は分からないけどなんかすごく好き。なぜか分からないけどこの絵から目が離せない。色合いが好みだから飾っておきたい。そんな理由でいいんです。プチプライスもありますから、もし飾ってみたくなったら是非お迎えしてあげてください♪

 

▼掛軸のかけ方だってこれでバッチリです。

 

【株式会社縁】はじめてのkotto入門編Lesson1 掛軸をかけてみよう!

 
 

出張買取や訪問査定、宅配買取もLINE査定など、なんでも対応する私たち買取事業部ですが、譲り受けたお品の中で少しでも心に響く掛軸や骨董品があったら、1つだけでもいいので手元で愛でてみてほしいなと思います。

 

「これ、お値段あんまりつかなかったみたいだし、ちょっと可愛いから売らずに持っておこうかなあ?」

 

そんなお申し出をいただくと嬉しくなっちゃうんです。出張査定したからといって、絶対に全部売らなければならないなんてことはナッシング。 私達が相場をもとに算出したお見積をみて、家族と相談したり悩んだりして、売るものと残すものを選んでくださいね。

 

買取事業部のお仕事をちょっぴりご紹介♪

 
 

そしてなんと、12月限定大好評だった #縁の米キャン2022 を1月も続行することが決定しました!

詳しくはこちらをチェック☆

 
 
 

お米チャンスを逃さない!
▼株式会社縁 買取事業部へのアクセス方法はコチラ▼

 
株式会社縁 買取事業部
 
フリーダイヤル : 0120-261-540
直通メール : kaitori@art-en.jp
お問い合わせフォーム : https://www.art-en.jp/contact/
公式ライン : https://page.line.me/kaitori-en
買取ラインQRコード
各応答時間 平日9:00~17:00
 
※お写真などの送付は24時間受付可能です。翌応答時間内にスタッフが確認し、お返事を差し上げるまでお待ちくださいませ。
 
★弊社ではご訪問・お持ち込み問わず、新型コロナウイルスの感染拡大防止のための予防策を行っております。入店時・訪問時の消毒やスタッフのマスク着用の徹底、換気、手袋着用での作業など、お客様に安心してご利用いただけるよう努めております。
 
 
★公式SNSも稼働中!
フォローやコメントもお待ちしています。少しずつ内容が違いますので、是非覗きに来てください。
 
いろんな場面でラフに投稿して、人間性が垣間見えるツイッター
 
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お仕事現場だけでなく、その先々で出会った綺麗な風景を切り取った写真なども織り交ぜた
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またね!オデ子でした。
 

平山郁夫とチベット

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お久しぶりです。
nomoriです。
 
今年も残り僅かになりましたが、私は相変わらず仕入れなど日々楽しみながら仕事をしています。
 
この仕事をしているとふと疑問に思う事が多々あります。
 
最近で言うと「チベットを題材にしている平山郁夫先生の作品はあるのか?」とヒョンな事から疑問に思った事がありました。気になったので、すぐ資料として平山郁夫先生のチベット関係の本を数冊購入してもらい、先日、家で読みました。
本3冊
本と言っても、作品集もあります。
 
作品集のチベット素描展
①若い時の署名はどういう書き方か?
②どのような絵具を使っているのか?
③どのような題材を書いているのか?
が私は気になるのでそれが知りたいという思いで見ました。
 
チベットの旅と言う本は、1977年に平山郁夫先生と一緒にチベットに行った著者が書いている本です。
 
平山郁夫先生は、チベットに初めて訪問した日本画家です。この本を読むと、著者の横で多数スケッチをする先生の様子や当時の人々の様子や、チベットは気候変動が激しいらしく、日々空気が変わる状況が伝わってきます。
チベットの旅1
チベットの旅2
この本を読むと、当時の空気感を少しでも感じる事が出来、この本の後にもう一度、作品集のチベット素描展の作品を見るとまた感じ方が違い面白かったです。
 
疑問に思った事があれば今後も調べて行きますし、機会があればこのブログでもまた紹介したいと思います。
 
皆様、今年一年大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願い致します。
皆様にとって2023年も素晴らしい年でありますように心よりお祈り申し上げます。

ジャン・プルーヴェ展へ!

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ジャン・プルーヴェ展へ!

こんにちは、nyanです。

 

日頃から古いものを扱っている縁ですが、私の中で今一番アツイ古いものは ヴィンテージ家具 です!
今年の7月~10月まで東京都現代美術館で行われていた ジャン・プルーヴェ展 に行ってきました。

ジャン・プルーヴェ展
ジャン・プルーヴェ は1901年フランス生まれ。
建築家、デザイナーです。
 
プルーヴェといえばこの「スタンダードチェア」。
何脚ものスタンダードチェアが年代ごとで並んでいて圧巻でした。後ろ姿が特徴的でかわいい!
戦時中は金属が使えず全て木製で作られていたり、輸出用に分解式に改良されていたり、椅子だけで歴史を感じられます。
 
ヴィンテージのスタンダードチェアは今とても手が出ない程高騰していて、この部屋一体いくら…?なんて野暮なことも考えてしまいました。
スタンダードチェア
他にも名作椅子や家具がたくさん展示されていて眼福!
椅子や家具
展示の後半は建築家としてのプルーヴェ。
その辺りは私はあまり知識がなかったのですが、アルミニウムで作られた建具がとてもおしゃれ!
建具
こういった建具や骨組みを組み合わせて解体・移築可能な組み立て式住居を建ててしまうそうです。
組み立てている映像もありましたが3日ほどで家が建ってしまう様子には驚きました。
 
美術館の中にはその住居が建てられており、間近で見ることができました。
組み立て式住居
新しいものにはない、ヴィンテージの魅力にますますハマっていきそうです…!

現代アートを買ってみる!?

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現代アートを買ってみる!?

こんにちは。スタッフDです。

 

コロナに振り回され、いよいよ3年の経過が近づいてきました。得体の知れないウイルスの脅威に戦々恐々としていた当初より、よくも悪くも慣れやダレが生じている昨今。行動制限がなくなってもう大丈夫なのかと思いきや、感染者数は減らず、まだまだ予断を許さない状況。ウィズコロナは必至の様相です。でも、基本的な対策についてはもう身に付いているし、いい加減、何か新しいことを始めたいなぁ・・・と思われている方も多いのではないでしょうか?

 

そこで、今回はひとつのご提案を。「現代アートを買ってみる!?

 

ここ数年、プチバブルとも言われている日本の現代アート市場。これまでの行動制限などで行き場を失ったお金が流れているとも。オークションでは人気作家の作品が軒並み史上最高値を更新。東京を中心に大都市で開催されるアートフェアには、時差入場などの措置が施されながらも多数の来場者があり、活況を呈しています。また需要の増加に伴い、現代アートを扱う新たなギャラリーの立ち上げも目立っています。

 

とは言え「現代アートはよくわからない」とか「それを買うなんてお金持ちの趣味なんでしょ?」と仰る方は多いと思います。

 

そもそも現代アートって何なのか

 

どこまでも深く議論できそうですが、それは今回の本題からは外れます。ここではごく簡単に「19世紀に生まれ、20世紀に普及したカメラ・写真によって、見たものをいかにそのまま綺麗に描くか、造るかというそれまでの至上命題が崩れた後、個々の価値観に基づく表現を模索する中で、現在も生み出され続けているもの」としてみましょう。

 

末永幸歩「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考」(ダイヤモンド社)で、既成概念を打ち破り、歴史に残る名作となった6つの作品が取り上げられています(一般的な分類では、近代アートも含まれます)。文中にそれらを挿絵として載せ、筆者がそれぞれの何が革新的だったと言っているのか、ひと言説明を添えます。

 

私たち、株式会社縁は骨董商なので、物故(亡くなった)作家の作品の取り扱いがほとんどです。

 

骨董品は、一般的な商品のように原材料費やかかった経費に利益を乗せたものとは異なり、その時々の流行に左右されながらも、ある程度共有された相場があって値付けがされるという、とても独特なものと言えるでしょう。そしてそこには当然、長い年月を生き残ってきたという希少価値も加味されていると思います。

 

対して、現代アートは?

 

制作年が今年であるばかりか、昨日今日制作されたものに、0が何個付いてるの!?という場合もあります。ある時、ある作家の展覧会でそんな作品が奪い合うように買われていった現場に居合わせ、正直幾ばくかの”怪しさ”も感じつつ(笑)「現代アートの値段ってどう決まるんだろう?」と率直な疑問が沸き、追求してみようと思ったのです。

 

以下は、その疑問に対する私の現時点での解釈と、現代アートを買う場合のマインドのようなことについて、全くの知識0から、ここ2、3年の個人的な経験の中で知り得たことに基づいて書いたものです(つたない知識を補うために、いくつかの書籍を参考にさせて頂いておりますが)。
 

ド素人の見解として、どうぞ気軽な気持ちでお楽しみ頂けましたら…。

 

▼モノを見たまま(の色で)描くことからの開放
アンリ・マティス「緑のすじのあるマティス夫人の肖像」(1905)

アンリ・マティス「緑のすじのあるマティス夫人の肖像」(1905)

 

まず、基本的な用語から。

 

美術品が売買される場所として、プライマリーマーケット(第一次市場)と、セカンダリーマーケット(第二次市場)という呼び方があります。

 

プライマリーはいわば「新品」が販売される場所で、作家本人や展示会を開催したギャラリーなどから購入する場合のこと。対してセカンダリーは、それを購入した個人から売りに出されたもの、いわば「中古」が売買される、例えばオークションのような場所のことを言います。

 

一般的な商品だと、中古は新品よりも値段が下がってしまいますね。なのに、プライマリーでも販売されている、ご存命の、現在進行形で制作をしている作家の作品の価格がセカンダリーで高騰するのはなぜか。それは、プライマリーで手に入れることが非常に困難になってしまっている場合です。超人気作家になると、購入したいとの意思を示したところでウェイティングリストに数百人が列を成している状態で、何年待ちです、と言われてしまったりします。それでも今すぐに手に入れたいという人が集まると、セカンダリーでの価格が高騰するのです。

 

セカンダリーでの価格は履歴として残ります。通常プライマリーでの価格はセカンダリーよりも安く設定されているため、セカンダリーで高く売れるという事実が示されると、プライマリーでの順番待ちがさらに長くなって買えなくなる。するとセカンダリーでの競争もますます激しくなって価格が高騰し・・・。無限ループですね。

 

現代アートの絶対に損しない買い方」それは「国際価格で五百万円くらいを超えてきた作品だけをそろえていく」ことだと、日本の現代アートを中心に2500点以上をコレクションされている有名コレクターであり、精神科医の高橋龍太郎さんは著書で仰っています。(高橋龍太郎「現代美術コレクター」講談社現代新書)

 

とは言え、これは一般ピーポーには無理!ですよね・・・。

 

となると、将来有望な作家を見出して、プライマリーでまだ安値の時に買っておくのが、我々が取り得る唯一の方法です。でも、それには美術品に対するかなりの造詣と審美眼が必要なんじゃないの?と思ってしまうかもしれません。

 

▼1つの視点からモノを捉えた、遠近法のリアルへの挑戦
パブロ・ピカソ「アビニヨンの娘たち」(1907)

パブロ・ピカソ「アビニヨンの娘たち」(1907)

 

そもそも特定の作家のアート作品がいい、素晴らしい、となり、買いたい人が列を成すまでになるのはなぜなのでしょうか?

 

実は、アート作品の評価は、”アート界”全体の多数意見によって決まるのです。アート界とは、アーティスト、美術館・ギャラリーの館長やキュレーター、記者やジャーナリスト、批評家・・・それに美術愛好家までを包括的に指します(スージー・ホッジ「世界をゆるがしたアート クールベからバンクシーまで、タブーを打ち破った挑戦者たち」青幻舎)。

 

なので、作品の制作のみならず、今ならSNSをやっていて、個展を開いたり公募展に応募したりと、その公開にも注力し、世間の耳目を集める努力をしている作家は注目されやすいですよね。そして、アート作品のよさを、きちんと言語化して表現できる豊富な知識を持ち合わせた大学の先生や有名なキュレーターなどの批評家が、その作家や作品を世に知らしめる。徐々にその言説に共感するアート界の人たちが増えていって、ザワザワ・・・となっていくというわけです。業界に関係のない、アートに特段の興味のない一般の人が「へぇ~こんな人いるんだ~」と気づく頃には、その作家は既に手の届かない存在となっていることでしょう。

 

一見誰にでも描けそうな、絵の具を撒き散らした抽象画で有名なジャクソン・ポロックも、大量生産された商業製品のコピーすらアートにしてしまったアンディ・ウォーホルも、その価値を見出し、言語化して広めるきっかけを作った批評家がいたからこそ、歴史に名を残すスーパースターたりえたということなのです(三浦俊彦「東大の先生!超わかりやすくビジネスに効くアートを教えてください!」かんき出版)。

 

▼何か(具象物)を描くことからの開放。初めて抽象画が登場した。
ワシリー・カンディンスキー「コンポジション VII」(1913)

ワシリー・カンディンスキー「コンポジション VII」(1913)

 

資産となる(かもしれない)アート作品が欲しい場合、このアート界の”空気”を感じる必要があります。今、誰が推され、注目されているのか。決してふらりと立ち寄ったギャラリーで、自分の好みだけを頼りに直感で買ってしまってはいけません(いや、もちろん懐に余裕があれば全然いいんですけど・・・)。

 

一昔前であれば、ギャラリーに通いつめ、担当者と懇意になって情報を聞き出すといったアナログな方法しかなかったでしょう。今でもそれは有効な手段のひとつではあると思います。でも、全くアート作品を買ったことのない人にとって、まずどのギャラリーに行けばいいのかもわからないし、買うかどうかわからないのにギャラリーの人に話しかけるなんて、と、ハードルは相当高く思えることでしょう。

 

でも、安心して下さい。現代には、集合知を活用できる素晴らしいツールがあります。そう、インターネットとSNSです。これでアート界の空気を感じちゃえばいいのです。

 

▼アートは視覚的に美しいものという固定観念からの開放。アートが目から頭で鑑賞するものへ。
マルセル・デュシャン「泉」(1917)

マルセル・デュシャン「」(1917)

 

まず、好きだなと思える作家、作品を見つけるところから始めましょう。購入したら長期間保有し、室内に飾って楽しむのが基本なので、本心では気に入らないのに人気があるからという理由で買ってしまうことはしない方が無難です。例えば、色々なギャラリーが一同に会すアートフェアに行ってみると、それぞれが今一押しの作家の作品が一度にたくさん観られるのでおススメです。

 

その場では自分の琴線に触れる作品、作家を見つけることに注力し、SNSがあればフォロー。帰宅後、リサーチです。作家の経歴や受賞歴、制作におけるコンセプト、そしてSNSのフォロワーに誰がいるか。現代アートを取り扱う企業の代表・担当者や、アートウォッチャーとでも呼べるような、頻繁に展示を観に行っては発信をされている有名なコレクターなどがいると、注目度がわかります(ここらへん、初めはわからなくても繰り返していたらわかるようになります)。

 

その後、再度、気になった作家の個展・グループ展などを訪ねます。現場でわかる情報、それは売れ行きです。どんなに画風やコンセプトに惹かれても、これが鈍いと感じたら一旦様子見。逆に人気作家になると、初日に完売はおろか、初日のオープン時間に入っても買えないことが多々あります。混乱を避けるために様々な方法で販売がされているのですが、これは皆様、ぜひ実際に体験してみて下さい。嫌というほどアート界の空気が感じられます(笑)。

 

作家ご本人と話してみること。これができるのも現代アートならではで、様々な感性に触れるのはとても楽しいのですが、根堀り葉堀り聞いた後で「ほんで、買わんのか~い」となるのが申し訳なくて(自意識過剰なだけ?笑)、私は(検討中の段階では)敬遠しがちです。それに、情にほだされて買う、というのも、なんか違いますしね。

 

▼アートは何らかのイメージを表現するものではなく、物質そのものと捉えてもよい。絵は、何かが描かれたものではなく、キャンバスに絵の具が付着しただけのものという捉え方もあり。
ジャクソン・ポロック「ナンバー1A」(1948)

ジャクソン・ポロック「ナンバー1A」(1948)

 

アートのお値段感に関しての参考ですが、キャンバス作品であれば、学生の適正価格、いわばスタートの価格は1号5,000円程度とされているようです。10号(長辺530mm)なら5万円。ギャラリーに宣伝や販売を任せている場合は、その取り分30~50%程度が乗っています。

 

実力や人気が付いていくことにより値段が上がるのは健全なことですが、新人なのにあまりに高いのは、ギャラリーの期待値が乗り過ぎている場合も。逆に、あまりに安いと買うに値するか、これも一考の余地があると思います。また、すぐに転売することは、その作家の作品の価値を毀損をする行為となりうる(転売された値段がプライマリーを下回り、それが履歴として残ったらどうでしょう)ので、絶対にやめましょう。

 

▼食器洗いパッドのパッケージをそのままコピーして作品として発表。アートとアートでないものとの境界線をなくした。
アンディ・ウォーホル「ブリロ・ボックス」(1964)

アンディ・ウォーホル「ブリロ・ボックス」(1964)

 
(2022年9月17日~2023年2月12日、京都市京セラ美術館で、約200点の作品が集まる大規模な企画展「アンディ・ウォーホル・キョウト / ANDY WARHOL KYOTO」が開催されました。)

 

以上を心得、やっとの思いである作品を購入したとしても、当然のことながらプライマリーである程度人気が集まっている作家の作品とて、セカンダリーで確実に値段が上がるという保障はありません

 

でも、虎の子の身銭を切って誰の将来に賭けるのかを真剣に考えることは、ただ漫然と美術館を周っているのとは全く異なる経験で、鑑賞眼も格段に磨かれると(信じたい)。そして、アート界のプロたちが注目する作家は、やはりすごいんです。模倣なんていくらでもできる時代において、その人にしか持ち得なかったであろう特異な着眼で、寝食を忘れ没頭し制作された作品が発するエネルギーには、心底圧倒されてしまいます。そのエネルギーを分けてもらっておうち時間を充実させたい、というのも特に今は「現代アートを買ってみる」いい動機となるかもしれません。

 

先ほど言及した高橋龍太郎さんは「日本で一年間に卒業する芸大・美大生は・・・一万五千人くらい」「その中で歴史に残り、十年先も百年先もプライスがちゃんとつくのは、せいぜい各学年一人」と仰っています。いわば、アート界のオオタニさんや藤井聡太さんのようなキラリと光る才能を見つけ出すのって、とてもワクワクするし夢がありますよ。
 

信じるか信じないか、一歩踏み出すのかどうかは、あなた次第です。ただ、あくまで余剰資金にて自己責任で、決して度を越さないように・・・。

西洋絵画の道しるべ「アトリビュート」

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皆さま、こんにちは。スタッフC・Kです。
 
今回は弊社が主に取り扱う日本画から離れ、西洋絵画についてお話します。
 
展覧会などで西洋画をご覧になられたことがある方も多いと思いますが、「この人物は誰だろう?」とか「これは何を表した絵だろう?」と思ったことがある方も非常に多いと思います。しかし、西洋の宗教(キリスト教など)や西洋での伝説などになじみが薄い我々日本人がすぐに理解するのは難しいでしょう。
 
しかし、西洋画にはある決まりが存在します。『アトリビュート』という言葉をご存じでしょうか?
 
『アトリビュート』とは・・・・・・
西洋美術において伝説上・歴史上の人物または神話上の神と関連付けられた持ち物、その物の持ち主を特定する役割を果たす物。持物(じぶつ)。(ウィキペディア より)
 
この説明だと少しわかりにくいかもしれませんね。では、日本画で例を挙げてみましょう。
 
*****
 
想像してみて下さい。皆さんの目の前に一人の少年の絵があります。
少年
これだとこの少年が誰かわかる方はいないと思います。
では、こちらだとどうでしょう?
桃太郎図

(奥谷一陽 作『桃太郎図』 弊社の過去販売作品です)

 
少年の周囲には「犬」「猿」「雉」が描かれています。よく見るとその服装には「桃」が描かれた服を着ています。もうお分かりですね?少年の名前は「桃太郎」です。日本昔話で一二を争うほど有名なヒーローですね。
 
ここで皆さんに考えていただきたいのは、何をもって彼が「桃太郎」であると判断したか?ということです。
 
おそらく「犬」、「猿」、「雉」、「桃」といった「桃太郎」の象徴たる品を確認したからだと思います。ここでいう「犬」、「猿」、「雉」、「桃」が「桃太郎」の『アトリビュート』に当たる物ということになります。
 
*****
 
西洋絵画には『アトリビュート』が存在します。これを知ることで西洋絵画を今よりずっと理解できると思います。
 
それでは、世界でも有名な人物「聖母マリア」の絵を見てみましょう。
受胎告知

(レオナルド・ダ・ヴィンチ作『受胎告知』ウィキペディアより)

 
上の絵画は、聖母マリアが天使ガブリエルにキリストを妊娠していることを告げられる『受胎告知』です。向かって右の女性が聖母マリア、左の羽の生えた人物が天使ガブリエルです。
 
聖母マリアの『アトリビュート』で有名なものは「白百合」、「赤い服と青いマント」、「幼子イエス」などです。
 
「赤い服の上から青いマント」を着た女性、その対面に跪く天使の手には「百合の花」があります。よって、右の女性は聖母マリアだとわかるというわけです。ちなみに「白百合」は乙女の純潔を、「赤い服」は神の慈愛を表すそうです。
 
さらに聖母マリアのそばにはまだ「イエス」はおらず、目の前には天使が跪いて何か語りかけていることからこの作品は『受胎告知』を表したものであると断定できるのです。
 
その他の「聖母マリア」の作品も見てみましょう。
大公の聖母

(ラファエロ・サンツィオ 作『大公の聖母』ウィキペディアより)

 
レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』とは画風も場面も違いますが、赤い服に青いマント赤い服に青いマント、幼子(イエス)が描かれています。人物だけしか描かれていないにもかかわらず、この女性は「聖母マリア」だとわかります。
 
他にも
キリスト・・・・・羊、十字架、茨の冠など
洗礼者ヨハネ・・・・・ らくだの皮の衣、斧と切株、十字架
等があります。
 
このように『アトリビュート』を知ることで西洋画への理解が深まり、より楽しく作品をご覧いただけるようになると思われます。西洋画を鑑賞された方はその作品の『アトリビュート』が何だったのか、何を表していたのか考えてみるのも新たな楽しみとなることでしょう。
 
ここまでご覧いただきありがとうございました。

三十石船と京坂画家の交流(展覧会入門として)

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こんにちは。大卍犬太(スタッフD)です。
 
先日、京都国立近代美術館で開催されている展覧会「サロン!雅と俗-京の大家と知られざる大坂画壇」を観に行ってきました (2022.03.23 – 05.08 開催。紹介ページ)。
メインビジュアル
江戸時代、京・大坂・江戸が日本の三都で経済・文化の中心地であったにも関わらず、後世の日本の美術史研究の中で京都と江戸の画壇については活発な議論がなされ、展覧会なども盛んに開催されてきたため一般の注目を集めてきた一方で、大坂についてはその陰に隠れ、文化的な空白の地帯とすらみなされてきた時代があったそうです。
 
その美術史観に異論を呈し、京都と大坂の画家たちの活発な交流があったことと、その他地域からも文化人が両地域に集まることで形成された「文化サロン」とも呼べるネットワークが形成されていたことに着目し、大英博物館も含めた国際的な協力の中で研究が行われた初めての大規模展覧会とのこと。
 
大阪を拠点にしております弊社でも、非常に取扱いの多い画家の作品がてんこもり。数・質共にとても充実しており、おススメです。
 
そこで、こちらの展覧会を観に行かれる前に読んでおくと、すこ~しだけ理解しやすくなるかも?という入門編として、取り上げられていた流派・画家などについて以下で概説してみます。
 
(会場では撮影は一切禁止でした。以下の絵画の画像は主に Google Arts & Culture より転載しています。説明の便宜上のもので、京都国立近代美術館で展示されている作品ではありません。)
 
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まず、今回の展覧会で取り上げられた画家たちが活躍した江戸中期頃以前までのお話。
土佐光信

(土佐光信・筆 こちら より)

 
平安時代の貴族文化の中で発展した大和絵の伝統を受け継ぐ土佐派と、その土佐派の画風に、室町時代に中国から輸入された禅宗文化の1つである水墨画(北宗画)の様式を取り入れ、完成された狩野派。
 
これらが日本の絵画史における二大流派と言え、後者は権力者の御用絵師としての地位を得ることで江戸時代を通じて画壇の覇権を握りました。
狩野永徳

(狩野永徳・筆 こちら より)

 
江戸前期に活躍した狩野探幽が亡くなると、幕府に好まれる画題に縛られることなどで画風がマンネリ化し、停滞していく狩野派。
 
一方で、町人文化が花開く時代、それまで描かれなかった庶民の生活を、狩野派を破門された久隅守景や英一蝶などが描きます。また風俗を描き版画として大量生産された浮世絵が庶民の娯楽に。京都では、町絵師だった俵屋宗達が雅な京文化の復権の一翼を担い、琳派の萌芽が見られました。
 
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そして、今回の展覧会の舞台である江戸中期頃以降。
 
当時流行し、後世に大きな影響を与えたジャンルとして、長崎派(南蘋派)の影響を受けた写生画と、江戸初期に渡来した黄檗僧の多くが余技として描いた南宗画・文人画があります。
 
鎖国体制下、唯一海外との交流のあった長崎で生まれた諸画派の総称を長崎派と呼びます。
 
八代将軍・徳川吉宗(在職:1716 – 1745)が中国古画を求めたものの本国で秘蔵されており入手が困難だったため、その代替として宮廷画家の沈南蘋が招聘され、1731-33年の2年弱の長崎滞在の間に、写生的で精緻な彩色花鳥画の技法を伝えました。そして沈南蘋の直弟子・熊代熊斐の門下であった鶴亭が京坂にその画風を伝えました。
沈南蘋・円山応挙

(左:沈南蘋・筆 こちら 右:円山応挙・筆 こちら)

 
その写生的技法は、近現代の京都画壇までその系統が続く円山派の祖・円山応挙や、伊藤若冲などの大家にも大きな影響を与えました。
 
南宗画(文人画)は、元々は中国において、職業画家の描いた北宗画(院体画)に対し、儒学の教養を備えた高級官僚(文人)が余技として制作したもので、日本でも町人としての本業の傍ら描かれました。
与謝蕪村

(与謝蕪村・筆 こちら より)

 
日本で描かれた文人画を区別して南画とも呼びます。大和郡山藩(奈良)の家老を務めた柳沢淇園などを先駆とし、京都の池大雅や大坂の与謝蕪村などが大成しました。
 
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この時代、日本全国の画家や文化人たちが憧れて訪ね交流を深めたのが、大坂・北堀江の木村蒹葭堂(けんかどう)の邸宅です(跡地である大阪市立中央図書館に記念碑が立っています)。
 
幼いころから本草学(薬用となる植物・動物・鉱物などを分類・研究する学問)に興味を持ち、石や貝類などありとあらゆる珍しいものを収集して、日本で初めての博物館を作ったとも言われています。海外にもその名が轟いていたとか。
木村蒹葭堂像

(木村蒹葭堂像 谷文晁・筆 Wikipedia より)

 
大岡春卜、柳沢淇園、池大雅、鶴亭に絵を学び、文人画家の一人としても有名。京坂のみならず、備中岡山の浦上玉堂、豊後(大分)の田能村竹田、江戸の谷文晁なども訪ね、親しくしていました。
 
ところで、ブログタイトルの「三十石船」って何?と思われましたでしょうか?
 
当時、画家たちも含め、人々やモノが京坂を行き来するのによく使われていたのが、淀川を往来していた船。米三十石積めるとのことで三十石船と呼ばれたそうです。大量のものを運ぶ場合は、人馬による陸上輸送よりも安価だったとか。
 
展覧会には、伊藤若冲が京都・伏見から大坂・天満橋まで淀川を下り描いた版画作品「乗興舟(じょうきょうしゅう)」(文化遺産オンラインの 紹介ページ)が展示されていました。
 
*****
 
展覧会入門は以上ですが、番外編として、この三十石船についてもう少し。
 
古伊万里ツウの方なら、三十石船と聞いてピンとくるのが・・・そう「くらわんか」です。
 
古伊万里の焼かれた佐賀県・有田に隣接する長崎県の波佐見で焼かれ、染付で素朴な文様、ボテッとした厚みのある日用雑器が、三十石船に乗っていた客に小舟(煮売船(にうりぶね)、通称くらわんか舟)で近づいて「飯くらわんか」などと汚い言葉で料理や酒を売る店で用いられたことから「くらわんか碗」や「くらわんか手」の器などと呼ばれます。
 
伊万里からやってきたということで、当時は伊万里焼と呼ばれ、また混同して扱われていたようです。
歌川広重

(こちら より)

 
歌川広重の京都の10か所の名所を描いた浮世絵シリーズ「京都名所之内」の「淀川」には、三十石船の乗客にくらわんか舟が近づいて料理を販売する場面が描かれています。
 
大阪・枚方市にある市立枚方宿鍵屋資料館は、当時三十石船に乗り降りする人たちの宿として使われた町屋をほぼそのまま残す貴重な建物で、発掘されたくらわんか碗などの資料が展示されています。
市立枚方宿鍵屋資料館
実は「くらわんか」という呼び名ですが、枚方にあった宿場を中心に上下一里(約4km)付近を通る船に販売していたことから枚方で名づけられたのだそう。これは知らなかった・・・。
 
長々と書いてしまいましたが、最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。三十石船が往来し、京坂の画家が交流していた往時の空気を感じてみたい方は、ぜひ両館を訪ねてみて下さい。
 
大卍犬太(スタッフD)でした。
 
 
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兵庫陶芸美術館で、古伊万里のお勉強をしたお話。

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こんにちは。大卍犬太(スタッフD)です。
 
丹波焼の里、兵庫県丹波篠山市にある 兵庫陶芸美術館
「心斎橋 暮らしのこっとう」でも扱っております古伊万里をフィーチャーした展覧会を時折されており、私も注目しているスポットです。
 
8月いっぱいで終了してしまったのですが「赤木清士コレクション 古伊万里に魅せられて―江戸から明治へ―」という特別展に(感染症対策をきっちり取った上で)行ってまいりました。
赤木清士コレクション

(上記リンク先より)

 
イベントタイトルに冠されている赤木清士さん(1932-2019)は、兵庫県生まれで、工務店を起業。建設業に携わる傍ら、明治期を中心に、文明の黎明期を物語る科学技術資料の収集と、その一環として陶磁器の収集にも情熱を傾けられたのだそうです。そして、陶磁器488点が今年3月、当美術館に寄贈されることに。
 
今回、特に惹かれたのが、以前書いたブログ「担当、ついに(!)有田の地を踏む。」でも、言及しました 佐賀県立九州陶磁文化館 の館長、鈴田 由紀夫 さんによる記念講演会。NHKの人気番組「ブラタモリ」にも出演されたこともある有名人です。お国言葉の優しいイントネーションでのお話に、自然と夢の世界に連れて行かれそうに…というのは冗談で(笑)興味深い内容に、きっちりメモを取りながら耳を傾けました。
 
以下には、備忘録の意味も込めまして、本展覧会で勉強させて頂いたポイントを何点か挙げたいと思います。
 
***
 
日本において磁器が生産された地域と順番について
 
有田(伊万里)焼の肥前(佐賀県)が、江戸初期、日本最初の磁器生産が行われた土地であることは有名ですね。そして江戸後期になってその技術を身に着けた加藤民吉が、瀬戸(愛知県)での磁器生産に弾みを付けたことで、一般庶民に磁器の器が行きわたることになり、後世になって陶磁器が瀬戸物と呼ばれるようになった、というストーリーは知っていました。
 
でも実は、江戸時代を通して、磁器生産はもっと色々な場所で開始されていたそうです(短期間で途絶えた窯も)。
map

(講演会配布資料を参考に自作)

【17世紀~】
・有田(伊万里)焼(佐賀県)
・鍋島(鍋島様式の伊万里)焼(佐賀県)
・波佐見焼(長崎県)
・平戸(三川内)焼(長崎県)
・九谷焼(石川県)
・姫谷焼(広島県)
 
【18世紀~】
・志田焼(佐賀県)
・京焼(京都府)
・砥部焼(愛媛県)
 
【19世紀~】
・瀬戸焼(愛知県)
・美濃焼(岐阜県)
・三田・王地山焼(兵庫県)
 
***
 
鍋島焼について
 
鍋島焼は、佐賀県伊万里市南部の大川内山(おおかわちやま)にあった藩直営の窯で、将軍家や諸大名への献上品として焼かれていた焼き物。これは販売用ではなく「公務員」の陶工たちによって作られていた、という表現をされていました。
 
作られていたのはお皿が多く、その形状は 木盃形(もくはいがた)と呼ばれる深さのある円形のお皿に 櫛高台(くしこうだい)と呼ばれる櫛の歯ような縦縞模様(櫛歯文)が描かれた高台が付いた独特なもの。
 
時代の見方として、お皿に深さがあり大きいサイズのものほど新しい。高台の櫛の長さが長いものほど新しい、とのこと。
鍋島焼

(赤木清士コレクション目録 p.43)

志田焼について
 
志田焼は、有田町から南西に20kmほどの、嬉野市塩田町の志田地区で焼かれ、現在も生産が続いています。江戸時代は、伊万里焼として流通し、地元の一部の人のみ「志田焼」と呼んでいたそう。
 
江戸後期に多く作られた染付の大皿に特徴があり…
 
絵付の白抜きに 墨弾き の技法が用いられています。これは、まず素地に墨で文様を描き、その上から呉須で着色。施釉後本焼きすると、墨が焼け、墨で描かれた部分が白抜きの文様になるという技法です。
 
安価な陶石で素地を作り、その色を白く見せるために表面に化粧土を塗る 白化粧 と呼ばれる技法が用いられました。裏面の縁を見ると、液だれのような部分が見られ、化粧土雫跡などと呼ばれるそうです。
志田焼

(赤木清士コレクション目録 p.37)

 
***
 
文様による時代の変遷
 
【唐草文】
・江戸前期:菊や牡丹の「花」が中心でその周りに唐草
・江戸中期:「蔓」がより細かく繊細に
・江戸後期:花が消える
・幕末:蔓が簡略化、細切れの微塵唐草に(”こっぱみじん”に)
 
【蛸唐草文】
・江戸前期:蔓も葉も太く、輪郭線の中を塗る形
・江戸中期:線描になる
・江戸後期:より単調に”ぐるぐる”巻きに
 
【見込みに描かれる円形の松竹梅文】
・江戸中期・前半:幹が太く、中央から外側へしっかり描かれている
・江戸後期・幕末へ時代が新しくなるにつれて、略されあっさりとした描き方に
 
 
西洋人の文様
 
司馬江漢の西洋画が人気を博した1800年前後の南蛮趣味を反映し、古伊万里にも西洋人が描かれるように。ポルトガル人・スペイン人を南蛮人、オランダ人を紅毛人と呼びました。
紅毛人

(赤木清士コレクション目録 p.70)

 
***
 
展覧会・講演会の内容は、もちろんまだまだ盛りだくさんでしたが、今回はこの辺で。
 
ノートを綺麗に清書したようなブログになってしまいました汗 いくら勉強しても、沼のように奥深い古伊万里の世界。ぜひ皆さんも、担当と一緒にハマってみませんか?
 
大卍犬太でした。
 
 
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5月の出来事・・・【日露戦争勝利】東郷平八郎 「勝って兜の緒を締めよ」

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こんにちわ。バイヤーA です。
 
今から116年前の明治時代、日本は日露戦争に突入しており、1905年5月27日、日本海海戦にて連合艦隊を率いた東郷平八郎が、当時世界屈指の戦力を誇ったロシア帝国海軍バルチック艦隊を破って世界の注目を集め、アドミラル・トーゴー(Admiral Togo 、東郷提督)としてその名を広く知られることとなりました。
 
今回は、そんな江戸から昭和の時代を駆け抜けた元勲 東郷平八郎 をご紹介させていただきます。
 
先ずは写真…
東郷平八郎

(アメーバブログの記事より)

かなりのイケメンですねー。
 
東郷平八郎を検索すると熟年期の軍服を着ている写真が多く掲載されていますが、今回は敢えて若かりしきイケメン時代の写真を転用させていただきました。
 
【生涯】
 
江戸時代、弘化4年の1848年に鹿児島に生まれ、14歳で薩英戦争で初陣。
19歳の時には戊辰戦争で軍艦「春日丸」に乗り込み参加。
若い時より聡明、語学も堪能だったようで、23歳の時にイギリスに留学。
7年間の留学の後、帰国し海軍で経験を積み、46歳の時に戦艦「浪速」の艦長になり日清戦争で活躍。
56歳の1904年、日露戦争が勃発。
戦艦「三笠」に乗り込み、連合艦隊司令長官として翌年日本の勝利に多大なる貢献。
アジアの小さな国だった日本が大国ロシアの艦隊に大勝利したことは世界列強が驚いたと同時に、
日本が列強国の仲間入りを果たした大きな出来事だった。
昭和9年(1934年)5月30日、多くの国民から尊敬、慕われた元帥も満86歳で薨去。
 
 
【逸話】
 
日露戦争後、一躍時の人となった東郷元帥は、なんと 日本人で初めて あの有名な TIME誌の表紙を飾った 人物らしいです。
 
アメリカの政治家や実業家、ジャーナリストなどといった著名人達は、【TIME】の表紙を飾ることができるかどうかが格付けの目安になったとも言われ、日本人初とは流石ですね〜。
 
TIME表紙

(楽天ブログの記事より)

 
更にもう一つ面白い話として、なんと、日本人のおふくろの味定番料理の 肉じゃがを生み出した のが、東郷平八郎だという説があります。
 
彼がイギリスに留学していた頃。現地で出合ったビーフシチューの味を忘れることができず、艦上食のメニューにビーフシチューを加えるよう依頼。しかし、当時はビーフシチューの材料であるワインやソース、バターの入手が困難で、使える調味料と言えば、醤油や砂糖など日本の物だけ。結局、失敗作の様に出来上がったのが、今で言う「肉じゃが」だったといいます。
 
肉じゃが

(wikipediaより)

 
何という誕生秘話!今でも美味しくいただいてます。有難う東郷元帥!
 
 
【勝って兜の緒を締めよ】
 
現代人の多くは東郷平八郎の名は知らなくても、この言葉は聞いた事があるのでは無いでしょうか。
 
兜
 
連合艦隊の解散式で、東郷は「勝って兜の緒を締めよ」と語って、その演説を締めくくりました。
この言葉の通り、東郷には勝者の驕りはまるで見られない。
 
戦後さらに寡黙な人になった東郷は、新聞などの取材に一切応じなかったといいます。彼は、元来が戦争を嫌った人間であったそうです。たとえ防衛という意味があろうとも、生身の人間が殺し合うのが戦争です。勝利したからといって、自慢すべきものとは思えなかったからでしょう。
 
晩年の東郷の生活は、国家の危機を救った英雄とはおよそかけ離れたものであり、東郷大明神などと称賛されることも極端に嫌ったそうです。清貧な生活を貫き、いつも周囲に思いやりを寄せたといいます。
 
常日頃、彼が語っていた言葉で「人間に一番大切なのは真面目ということである。少しばかりの才気など、何の役にも立たないものだ」というのがあります。
 
国家に忠節を尽くし、真面目にそして誠実に生きたその生涯は、素晴らしいですね。
第二次世界大戦以前の日本において、最も尊敬された軍人の一人であったと思います。
 
東郷平八郎02

(wikipediaより)

 
東郷平八郎は「書」に関しても非常に達筆で、軍人らしい気概のある書を多く残しています。
弊社でも数点取り扱いありますのでご覧ください。
 
※ 以下、青字をクリックしますと、弊社のヤフオクアカウントが開きます。
東郷平八郎と乃木希典の書、双幅
東郷平八郎の書、七言絶句
東郷平八郎の扁額
東郷平八郎の超大幅
東郷平八郎の一行書
東郷平八郎の書、五言絶句
東郷平八郎の二行書
(2021年5月24日現在で在庫ございますが、今後売約となり、リンク切れとなる場合がございます。予めご了承下さい。)

花のように美しく…

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こんにちは!担当のNです。
 
春のポカポカ陽気で、お出かけには持ってこいの季節ですが、新型コロナの影響で中々外には出づらい日々ですね。
 
今年はオリンピックイヤーということで、各種スポーツに注目が集まっています。という私は野球観戦にハマっており、関西人ということもあり、某関西球団のTV中継に熱狂しております!!若い選手たちが躍動し、切磋琢磨しているところ見ると、胸が熱くなり活力をもらえる気がします!
 
さて、スポーツ選手というと、よくサインしているところを見かけますが「これなんて書いてんの?」と思うことがよくあります。
 
サインの歴史を辿っていくと、古くは「花押(かおう)」と呼ばれる、草書体の署名(サイン)が使われており 花のように美しく署名する という意味があります。古来より他者と区別するための符号として使われていました。
 
例えば有名なところでいうと…
花押01
これは、昨年の大河ドラマにも登場した 織田信長 の花押です。
至治の世にしか現れない生物と信じられていた麒麟の「麟」を、花押化したものと伝えられています。(「信長」の字を表しているなど、諸説あり、解釈も様々なようですね!)
 
 
続きまして…
花押02
こちらは、大河ドラマの主役でした 明智光秀 の花押です。
自身の名前である「光」を図案化したものと考えられています。花押をなぞっていくと光っぽくなり、わかりやすいですね!
 
 
花押03
複数の花押をつかうこの方も戦国大名で、「独眼竜」の異名をもつ 伊達政宗
鳥の鶺鴒(せきれい)の姿をモチーフとしています。
せきれい
小さいながらも凛としていますね。花押もどことなく似ているのでしょうか!?
 
文書ひとつで自分の身が危ぶまれる時代では、内容次第では命取りになることもあり、伊達政宗は花押を用いる際に、相手や内容によって何種類も花押を使い分けていたようですね。
 
 
花押04
室町時代の画僧 雪舟 の花押です。
中心には、教理や仏・菩薩を褒め称えた言葉である「偈」があります。
 
弊社の取り扱う作品にも、度々花押の書かれたものが出てきます。作品自体を愛でるのは勿論ですが、花押の由来なども調べて鑑賞すると、さらに作品を楽しむことができるのではないのでしょうか。
 
私も自分のオリジナルサイン考えてみようかな。