ENjoy Antique

縁の社員が日常で琴線にふれたモノやコトにスポットライトを当てます

堀江・アートハウスでのイベントで、弊社の器をお使い頂きました!

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先日7月3日(土)、堀江・アートハウスにて行われたイベントで、弊社「心斎橋 暮らしのこっとう」の器をお使い頂きました。
 
至宝酒ものがたり&ART HOUSE 日本酒飲み比べ会(告知ページは:こちら
 
全国各地の”世界が心酔する、稀有な日本酒” = 至宝酒 を紹介するウェブサイト 至宝酒ものがたり 垂涎の、滋賀県の 池本酒蔵 の日本酒数点を飲み比べ、麹で作られた酒粕も頂きながら、そのアテとして、奈良五條の 益田農園 の干し柿「あんぽ柿」と、ドライチップ「柿美人」を添えて、というイベント。
 
ご縁を大切に、その他様々な関連の方々もご参加。このような時期ですので、リアルでの密を避けるため、オンラインでの参加を募りました。
 
会場風景
弊社の古伊万里の器も、おいしいお料理の引き立てに、一役買っていました。
 
*****
 
アートハウスとのご縁の始まりは、作家・はせがわはっちさんの、骨董のお皿に描かれたおじいさんと女の子の物語「絵本 さらじいさん原画展」に合わせ、骨董の器の販売をさせて頂いたことです。その後、作家さんたちに、骨董の器にインスピレーションを得た作品を制作頂き、展示・販売する合同展示会 「よみがえる骨董たち」 を数回開催。今年9月には、そのvol.4を開催予定 です。ぜひご期待ください。
 
また、そのオープニングイベントを、レンタルスペースとしてスタートを切ったばかりの弊社 心斎橋レンタルスペース EN で開催予定。作家さんとの交流をお楽しみ頂きます。告知は、もうしばらくお待ちください。
 
ちなみに、レンタルスペースをご利用で、ご希望の方には、今回の飲み比べ会のように 弊社の器の貸し出しについても、ご相談を承ります。 ご利用の流れ等は、こちら をご参照下さい。
 
色々と情報を込めてしまいました笑
今後とも、株式会社縁、心斎橋 暮らしのこっとう、心斎橋レンタルスペース EN を、宜しくお願いします!

nyanのたてもの探訪

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こんにちは。スタッフのnyanです。
 
突然ですが、私の夢は 「古いマンションを購入して、自分の好きにリノベーションして暮らすこと!」
 
なので、古い建築ですとか、リノベーションしたおうち、施設に目がないのです。レンガ造りや古いコンクリート、はたまた木造の古民家…あ~魅力的です!
 
ちょうど1年前にはなりますが、京都の 新風館 という商業施設がおしゃれに生まれ変わったことをご存知でしょうか?このころは最初の緊急事態宣言が出されていた時期で、私はこの新風館に行きたくて行きたくてうずうずしていました。
 
宣言が解除されてから早速訪れました!
 
エントランス。木とインダストリアルな金網の調和が好み!
エントランス
特にこの中庭は気持ちよかった~。この彫刻は「滴」というそうです。
中庭
隣接するエースホテル京都。アジア初進出とのこと。
エースホテル京都
アートも飾られています。こちらはオープン当時の写真ですので、今は違ったと思います。
アート
こちらから客室でしょうか…?泊まってみたい!
客室
新風館は、元々は1926年京都中央電話局として建てられたレンガ造りの建物で、京都市登録有形文化財にも登録されています。およそ100年前の建物が生まれ変わって愛されていることは、素敵なことですね。
 
歴史のあるものを扱っているという点は、縁のお仕事も同じです。この気持ちを大切に みなさんに長く愛されるものをご提供できれば と思います。
 
そして自分の夢も叶えたい~!

ステイホーム・・・ピンチをチャンスに。

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こんにちは、つめ子です。
 
新型コロナウィルスの感染拡大で、ステイホームがまだまだ続いております。
ここ大阪では、飲食店の休業が続きなんとも言えない毎日です。
 
ステイホーム = 自炊 or テイクアウト
自炊…、続かないですよ…。
 
お取り寄せやテイクアウトなどをスマホで調べまくってたら、広告がそれ関係ばっかりになりますよね。たまに、あまりにもタイムリーな広告が表示されて「どっかで聞いてるん?!」って、スマホの中に誰かいるのかな?っと怪しんでしまうぐらいです。
 
テクノロジーの時代ですね(カタコト)
 
最近はまってるのが「おうちで手巻き寿司セット」です!
某回転寿司屋さんが今年から始めたサービスです。
 
人気のお寿司ネタであるマグロやサーモンをはじめ、たまごやコーンなど好きなネタを好きなだけ包める!家で美味しいお寿司を楽しく食べれるって最高ですね!
 
手巻き、軍艦、お寿司、自由に作って食べれます。
寿司
手巻きの具材を準備しない世の中が来るなんて、めんどくさがりの私にはありがたいです。
 
ピンチをチャンスに変えるアイデア が、様々な業界から生み出されていて、私も負けてられないなー!とパワーもらいます!
 
弊社で取り扱う掛軸や骨董品を、たくさんの方に興味を持ってもらいたい。
社員一丸となり骨董愛とアイデアで、ピンチをチャンスに変えれるよう頑張ります!
 
これからもどうぞよろしくお願いします。
LINE査定も承っております。お気軽にどうぞ↓
 
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展覧会訪問記 – 不思議な絵の楽しみ方

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みなさま、こんにちは。
担当C・Kです。
 
緊急事態宣言下、少しずつ緩和されてきてはいますが、まだまだ予断を許しませんね。
私は、日本画、西洋画問わず展覧会に行く事が好きですが。去年から私が行きたかった展覧会も、み~んな延期や中止に追い込まれています。
 
ここからは、以前私が訪れた展覧会で、今最も印象的に覚えている展覧会と、展示されていた作品についてお話します。
 
かれこれ3年以上前になります。
 
2017年に 『ボイマンス美術館所蔵ブリューゲル「バベルの塔」展』16世紀ネーデルラントの至宝-ボスを超えて- が、国立国際美術館で開催されました。 
 
こちらの展覧会、はじめは15、6世紀の画家たちが描いた荘厳な宗教画から始まりますが、突然、風刺画のような不思議な版画の数々が出て来ます。
 
特に印象に残った風刺画はこれです。
絵画
『大きな魚は小さな魚を食う』 ピーテル・ブリューゲル1世

(同展覧会図録より)

 
この作品のタイトルはことわざだそうで「強い権力を持ったものは、弱いものを支配し、破壊することができる」という弱肉強食の意味なのだとか・・・。しかし、これは風刺画、これには「権力を振り回しすぎると、最後には立場が逆転する」というメッセージがこめられています。体の大きさに驕り、力任せに小さな魚を捕食し続けた大魚は、ついに小さな人間に捕獲されてしまったと言うわけです。
 
しかし、よくよくこの絵を見ると不思議なモチーフが描かれていることがわかります。作品の左上を見てください。二足歩行の魚が小さな魚を咥えています。
 
これにはどういった意味があるのでしょう?
 
大きな魚の腹から出てきた小魚を労せず確保した『漁夫の利』的な意味かもしれません。
あるいは、二足歩行はある意味人類の象徴ですから、今は捕食者の人類が驕りすぎれば、いずれ魚のように捕食されるようになるのでは?という意味にも捉えられると思います。
 
このように 絵の見方はそれぞれ です。
メインの大魚も「いくら体が大きなものも、知恵のあるものには敵わない」という意味にも解釈できるそうです。また、絵の右上には空飛ぶ魚もいます。これの意味するところはさっぱりわかりませんし、意味はないのかもしれません。
 
この作品が風刺画ではないとしたら、ただ単に、現実にはありえない不思議な世界が描かれています。こめられたメッセージを推測することは重要ですし、楽しいです。でも、絵がわからないという人は、こめられたメッセージを読み解こうとして、わからず、よくわからない絵という感想で終ってしまう人もいます。
 
しかしながら、ただ目の前の不思議な世界を楽しむのも、絵を見た人の特権です。ファンタジーな世界を楽しんだ後、自分なりのこめられたメッセージを考えてみるのもよし、学芸員さんの解説を読むのもよしです。どうせ確かな正解はありません。
 
他の様々な作品もそうです。まずは見て、ただ楽しむことからはじめてみてはいかがでしょう? そうすればきっと楽しく作品を鑑賞できると思います。
 
他の絵については、また機会があればお話したいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます。

5月の出来事・・・【日露戦争勝利】東郷平八郎 「勝って兜の緒を締めよ」

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こんにちわ。バイヤーA です。
 
今から116年前の明治時代、日本は日露戦争に突入しており、1905年5月27日、日本海海戦にて連合艦隊を率いた東郷平八郎が、当時世界屈指の戦力を誇ったロシア帝国海軍バルチック艦隊を破って世界の注目を集め、アドミラル・トーゴー(Admiral Togo 、東郷提督)としてその名を広く知られることとなりました。
 
今回は、そんな江戸から昭和の時代を駆け抜けた元勲 東郷平八郎 をご紹介させていただきます。
 
先ずは写真…
東郷平八郎

(アメーバブログの記事より)

かなりのイケメンですねー。
 
東郷平八郎を検索すると熟年期の軍服を着ている写真が多く掲載されていますが、今回は敢えて若かりしきイケメン時代の写真を転用させていただきました。
 
【生涯】
 
江戸時代、弘化4年の1848年に鹿児島に生まれ、14歳で薩英戦争で初陣。
19歳の時には戊辰戦争で軍艦「春日丸」に乗り込み参加。
若い時より聡明、語学も堪能だったようで、23歳の時にイギリスに留学。
7年間の留学の後、帰国し海軍で経験を積み、46歳の時に戦艦「浪速」の艦長になり日清戦争で活躍。
56歳の1904年、日露戦争が勃発。
戦艦「三笠」に乗り込み、連合艦隊司令長官として翌年日本の勝利に多大なる貢献。
アジアの小さな国だった日本が大国ロシアの艦隊に大勝利したことは世界列強が驚いたと同時に、
日本が列強国の仲間入りを果たした大きな出来事だった。
昭和9年(1934年)5月30日、多くの国民から尊敬、慕われた元帥も満86歳で薨去。
 
 
【逸話】
 
日露戦争後、一躍時の人となった東郷元帥は、なんと 日本人で初めて あの有名な TIME誌の表紙を飾った 人物らしいです。
 
アメリカの政治家や実業家、ジャーナリストなどといった著名人達は、【TIME】の表紙を飾ることができるかどうかが格付けの目安になったとも言われ、日本人初とは流石ですね〜。
 
TIME表紙

(楽天ブログの記事より)

 
更にもう一つ面白い話として、なんと、日本人のおふくろの味定番料理の 肉じゃがを生み出した のが、東郷平八郎だという説があります。
 
彼がイギリスに留学していた頃。現地で出合ったビーフシチューの味を忘れることができず、艦上食のメニューにビーフシチューを加えるよう依頼。しかし、当時はビーフシチューの材料であるワインやソース、バターの入手が困難で、使える調味料と言えば、醤油や砂糖など日本の物だけ。結局、失敗作の様に出来上がったのが、今で言う「肉じゃが」だったといいます。
 
肉じゃが

(wikipediaより)

 
何という誕生秘話!今でも美味しくいただいてます。有難う東郷元帥!
 
 
【勝って兜の緒を締めよ】
 
現代人の多くは東郷平八郎の名は知らなくても、この言葉は聞いた事があるのでは無いでしょうか。
 
兜
 
連合艦隊の解散式で、東郷は「勝って兜の緒を締めよ」と語って、その演説を締めくくりました。
この言葉の通り、東郷には勝者の驕りはまるで見られない。
 
戦後さらに寡黙な人になった東郷は、新聞などの取材に一切応じなかったといいます。彼は、元来が戦争を嫌った人間であったそうです。たとえ防衛という意味があろうとも、生身の人間が殺し合うのが戦争です。勝利したからといって、自慢すべきものとは思えなかったからでしょう。
 
晩年の東郷の生活は、国家の危機を救った英雄とはおよそかけ離れたものであり、東郷大明神などと称賛されることも極端に嫌ったそうです。清貧な生活を貫き、いつも周囲に思いやりを寄せたといいます。
 
常日頃、彼が語っていた言葉で「人間に一番大切なのは真面目ということである。少しばかりの才気など、何の役にも立たないものだ」というのがあります。
 
国家に忠節を尽くし、真面目にそして誠実に生きたその生涯は、素晴らしいですね。
第二次世界大戦以前の日本において、最も尊敬された軍人の一人であったと思います。
 
東郷平八郎02

(wikipediaより)

 
東郷平八郎は「書」に関しても非常に達筆で、軍人らしい気概のある書を多く残しています。
弊社でも数点取り扱いありますのでご覧ください。
 
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東郷平八郎と乃木希典の書、双幅
東郷平八郎の書、七言絶句
東郷平八郎の扁額
東郷平八郎の超大幅
東郷平八郎の一行書
東郷平八郎の書、五言絶句
東郷平八郎の二行書
(2021年5月24日現在で在庫ございますが、今後売約となり、リンク切れとなる場合がございます。予めご了承下さい。)